2009年05月22日

界隈味のあるところ〜その参

酒匂川サイクリング道路と松並木
県内のサイクリング道路に関してはわたくし、一家言もっているつもりです。
一応すべて走っては見ました。
その中でもここ・・・自身のお気に入り度としてはかなり上位に入ると言えます。
純粋に走行する、ひたすらクランクを回す。スポーツ競技としての自転車、ロードレーサにとってみれば実に物足りないところなのですが・・・。

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樹齢100年を超えるであろう松、榎、それらは当時何が起こったのか、木事体がその当時の歴史の目撃者であり、その記憶を有しているかのうようだ。
二宮尊徳つながりもあるそうなのですが、詳しくはこちらを参考・・・。

木・歩道・川、もう・・・浮世絵の世界。
「水戸黄門ロケ地」としても十分な資格を備えた、江戸的情緒のある道です。
posted by renn at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 農園事報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小田原系ラーメン〜その2

はぁい。

向坂です。
小田原系ラーメンに対し、
「地元の人はそう呼ばないんですが、横浜ラーメン博物館でそう紹介されていて笑ってしまいました。」
「小田原系???何でも系を付ければ良いってモンでもない。」
そんなコメントをたびたび目にします。
いわゆる湘南地区に住む人々がその界隈一帯を総称して」”湘南”と呼ぶのを蔑むように、
この地の人々も自身の食傾向を一言で規定されるのがイヤなのでしょうか。

神奈川では「家系」「関東豚骨」「神奈川端麗系」など、もとは外部の人間が勝手に型にはめ、そう呼称しているに過ぎないものでした。
それを”そう云う風なもの”として積極的に外部に宣伝し、その系統を確立し、商品化してゆく。時に切磋琢磨し、時に類似店に便乗し、時にマスコミに乗って行く。
そうして厳しい現状を乗り切っています。

我々は昔からそういう風にやってきたのだから、そこそこ客は入るのだから、特に気張ってやる必要もない。
この地域全体に言える、旧弊という図式が食の世界にも残っています。

地元ではそう呼ばない。
どうやらこの地区の方々は、この界隈に共通するラーメンの類型をとらえることができず、これが確固たる特徴がある一つの分野のものであるという認識がないようです。
紫竜も、味一も、むら田も、ぷらんたんも、十三も、スープに麺が泳いでいる、それがラーメンである。それくらいの認識しか持ち合わせていないようです。

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諸物価高騰という大義名分の元、チャーシューわんたん麺を1500円で販売している。
その事実を何の疑問もなく許容しているこの地域の消費者は正常であると言えるでしょうか?
今のところ、盲目的で頑迷だが心優しき消費者に支えられてやってきてはいますが、
喜多方、佐野、新潟、名古屋、様々な地域の方々がラーメン屋同士結束し、マップまで用意して地域を盛り上げようという動きを起こしている中、この地域と来た日には・・・。
企業努力とかそう云うものは皆無ですね・・・。

「小田原おでん」「小田原丼」
公的機関もそんなとってつけたようなご当地名物をでっち上げるより、現実に存在し、少しは実体のある「小田原系ラーメン」に助成金でも出して、せめてチャーシューわんたん麺を800円くらいで提供できるくらいにしてもらいたいものです。

写真は本文とは関係ありません。
何となく寂しいのでアクセントとして貼ってみました。
小田原どんについてはすでに記事を書き終えました。後2,3店喰った後Uploadしたく思います。

ばぁい。

2009年05月17日

新タマネギ

ツバメが軒下に巣を作るようになると、一年で一番祝福された時期がやってきます。
果樹の剪定が終わり、みかんの花咲く頃、昨年晩秋に植え付けたタマネギの収穫時期がやってきます。
タマネギというと、産地は淡路島・北海道・愛知・佐賀あたりだそうですが、
新タマネギとして市場に出回るものは、地場のものが多いと聞きました。
昨年ここ「愉楽農園」のタマネギが某テレビ番組(薬丸印)で取材を受けました。
生で食すレシピなどが紹介されていました。

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さて収穫ですが、短期間に大人数でもって一気にやっつけてしまいます。
男衆は畝をまたぎ、片方の手に2本ずつ茎を持ち引っこ抜いてゆきます。
瞬時の気合いとともに抜くと、ブキッという根の切れる悲鳴にも似た声を上げて、あがってきます。そいつを畝の上に放り出し、女衆は球根状の上から伸びた茎と下に残る白く細い根をはさみで切り、畝の中に転がしてゆきます。
それが延々と続くのです。
この日の収穫実に10トン!!!
普段使わない腰?を酷使し、自身の体力に対する日頃の自信も揺らぐほどです。

農作業というのは日々土に触れる、自然に癒される。
そう云う側面もありますが、それは実態をあらわしてはいない。
農業の根本=土方仕事的肉体労働なのだと改めて思わされました。
posted by renn at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 研修生「K氏」の日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

界隈味のあるところ〜その弐

板橋旧東海道
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旧東海道とおぼしき辺りを通行しているといつも思う感情があります。
刷新することだけが健全な経済活動なのか・・・。
古いものを新しくすることだけが創造なのか・・・。

県西地区の旧東海道は今ではほとんど蹂躙され、区画整理完了!という感じなのですが、帝国資本主義の徹底的な仕事からこぼれたところに、ささやかながら昔の風情を醸し出すところがあります。
大磯化粧坂と同じように、ここにも旧東海道の面影が残っています。
posted by renn at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 農園事報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

怪我・負傷に対する免疫

4月半ばみかん剪定のまねごとをしていました。
下枝の下垂した部分の枯れ枝をパチパチと切っていたところ、左手小指に違和感を感じました。実際痛みはさほどでもありませんでしたが、夥しい出血と、その切断部分の絵面に激しく動揺し、すぐに病院へ駆け込みました。
(何処も通常の営業?時間を過ぎていたので救急扱いになり、仮縫い程度のぞんざいな処置で終えたのですが、それがすべての元凶でした。)

自分の体に対する無頓着からか、あるいは自己抹消の潜在意識でもあるのか(実際は医療的処置に不備があったのですが)小指の傷を激しく腐敗させてしまい、先日の手術を経て左手は完全に機能しないものになりました。
しばらくは農作業を行うこともままなりません。

このところの僕と言えば、毎日の労働で疲弊し、帰宅すると飲んで、食って、寝るというだけの生活でした。この日常において「書く」という習慣をもつことができずにいました。
農の分野において役立たずになり、一般社会でいわれるゴールデンウィークの休みをいただきました。
そうして得た考えることのできる時間、思索することができる気力の残った時間。
まさに身を犠牲にして得た、生活に創作をとりいれるまたとないチャンスをもらったのです。

今日、10時30分の予約で病院にいってきました。
簡単な経過確認かと思ったら、
「腐ったところをとります。かなり痛いので麻酔をしますよ!!!」
若き女医さんにそういわれ、ぞくっとするものを感じました。
またしても痛みを味わうことに、うんざりした気持ちもありましたが、
どうも自身を痛めつける快感のようなものを少なからず感じていたようです。
麻酔注射をしながら
「痛いですか?」
僕の顔をすこし上目づかいに見上げ尋ねるその勝気な面立ちを眺めていると、
「マゾ」というのはこういう感覚をいうのか・・・。
そう知覚されました。

この仕事を始めてから・・・あきれるほどの自然治癒能力に自分自身感嘆しています。
僕の手はかつての僕のものではなく、明らかに一回り大きくなっています。
僕は木々と親しくなり、野生に近づいてゆくのです。
けが・疵に対する回復力は発達しましたが、その分失われた能力があるのでしょうか。
原初的な労働を続けていると、後天的なもの〜人間が自ら作り上げた社会に適応するために必要なある種の能力〜が損なわれてゆくのかもしれない。

思考・分析する能力は日々退化して行きます。
農業をするのに哲学が必要でしょうか。畑を耕しながら宇宙の成り立ちを思うことは出来ません。
posted by renn at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 研修生「K氏」の日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする